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2016.08.27高城 剛 「2035年の世界」を読んで

「2035年の世界」 高城 剛 PHP研究所

2035年は自分は生きていない未来、ただ世界の変化のスピードは速く、前倒しでかわっていくと思う。

事実ここに書いてあることのいくつかはすでに起こっている、起こりつつあるから。
つまり5年先の計画は来年起こるかもしれない事実になる可能性あり。
となると一瞬一瞬をハードに生きていくことになるが、
そのためには目的が必要。目標の設定が必要。そして発信すること。
フラット化した社会では情報の発信が価値を生む、これへの投資はかけである。
但しターゲットは均一ではなく、反応、関心をしめす人になるので、
同心円のフラット化ではなく、リキッド化した、たまりや流の合流、分かれが生じるような流動的な集団を
ターゲットにすることになる。

豊島美術館の内藤礼による「母型」は、そんな未来の社会のイメージのアート可視化として、見る人の共感をえているのかもしれない。そうだとするとすごいアーティストである。
国も個人も流動的で固定したものは無い、固定した未来が無い分だけ、可能性がある。
つまり未来が信じられるということ。
人はそのことをアートを見て直感的にそれぞれがそれぞれの思いで、感じ取っているのではないか。

高城は面白い、触発される。ビッグデータの分析と人脈による未来予測と異なる
可能性がここにはある。